20年以上一緒にいて不妊治療を経験し、レス期間を経て再びS〇Xをするようになった夫婦。
どちらかというと子作りには苦労したほうだ。
俺は付き合い始めてから10年ほど経ってから親になった。
子作りを始めたのは結婚2年目くらいだろうか。付き合いはじめてから6~7年目。多少狙って中出しをするわけだが、どうにも思うようにならない。
エ〇目的でブログを見ている方には退屈な話だろう。
不妊治療
自然にできるものと思いざっくりと取り組み始めた子作り。
ゴムを外し生中出しをするだけ。
今でいう妊活。
当時こんな便利な言葉は無かったように思う。
今から15年ほど前の話だ。
震災も起こる前の話。
付き合い始めの時は生挿入、外出しだったが、ある出来事を経てゴムS〇Xに切り替わり、数年ぶりの生S〇X。
初めのうちは楽しみながら生挿入、生中だしをしていたがその後数年地獄を見ることになる。
不妊治療の始まり
病院に行き検査を受け、軽い不妊治療から始め、気が付けば排卵促進剤を使ったり、体内受精へ移行したり月ごとに深刻化。
世の中にはそれでも授からず悩んでいるご夫婦もあるだろうが、当事者としてはどんな段階であっても深刻な悩みだろう。
悩みに優劣はないと思っている。
結果的に2人の子供に恵まれるわけだが、終わりが見えないだけに異常に辛い。
ただし、良かったこともある。
子供を授かるありがたさ。
不妊治療の辛さや授かれたことでまだ授かれない人たちへの配慮。
辛すぎて細かいことはあまり覚えていない。
義務S〇Xに突入
不妊治療2年目の頃だろうか。
仕事だろうと遅かろうと排卵日前後は毎晩中出しだ。男としてはかなり辛い。それでも子供は欲しいと思っていたから何が何でもやるわけだ。
色気もへったくれもない。
今ではいつでも濡れている嫁だが、当時はそんなことはない。
30代前半だ。
きっと嫁も気を遣っていたのだろう。
仕事終わりに求めるわけだから、俺が必要以上に疲れないように。
ただ入れて中に出してくれればいいと・・・
今は断言できる。なんと心のやさしき嫁なんだ。
このやさしさが、後のレスにつながるとは思いもよらなんだが、レスの原因というのは案外こんな感じなのかもしれない。
精神的負担の悪循環
毎月のように一喜一憂し過ぎてその頃の記憶は灰色。
「ダメか」
「またダメか」
「まだダメか」
「そうだよね」
「まぁ無理だよね」
これが毎月。そして、だんだん諦めへ・・・
男として、嫁はきっと女として自信を失った時期でもあったと思う。
排卵日以外にはS〇Xはしなかったと思う。
少なくとも俺は避けてしまっていた。
体内受精
3年目くらいの事だろうか。
ついに新たなフェーズに入った。
当時、我々夫婦にとっての最終手段は体外受精。その一歩手前まで来てしまったわけだ。
残された手段が多いほど安心できる。
手段を減れば減るほど不安が焦りになる。
もはや当時の我々夫婦がやっていたS〇Xで妊娠するのは不可能だったろう。
ついに、受精するために人の手を借りる。
それでも、妊娠はしなかった。
情熱的なS〇Xで孕む?
中出し部屋
妊活を初めて何年・・・何か月が経ったのだろうか。
気が付けば引っ越してマンションが変わり、好きだった車も手放した。
家賃を抑えるための引っ越しだったが、新婚の頃の寝室はもうない。
当時あったのは、子作りの中出し部屋。
義務感S〇Xだけに新婚や今のように喘ぎ声がでるようなことは無かっただろうし、ただただ入れて出すための環境。
不妊治療初期に環境を変えようかと提案したこともあったが、ホテルはお金がもったいないという理由で何度か却下された経験がありその考えすらなかった。
今日はやる日。
そんな確認をしてから始まる。
妊娠したのはこのS〇Xだという確信
俺には妊娠したのはこれだというS〇Xがある。
きっかけも流れも覚えていない。無性に嫁を犯したくなって、実際に犯すようなS〇Xをした。いや、嫁を犯していた。
不妊治療末期だ。もう3年くらい経ったのではなかろうか。
ずっと、義務感S〇X、ただ嫁に中出しするだけのS〇Xを続けていたのになぜだろうか。
未だにその心境を正確に言葉にすることはできない。
さすがにレ〇プではないが、気が付けば和室で嫁を犯していたんだ。
布団なんかない。
バック、騎乗位なんかもしていたと思う。
数年していなかった体位だ。
よく覚えているのは正常位で嫁の膝を持ち床に押し付けるようにして強く腰を振っている俺の姿。嫁は横を向いて鳴いている。
和室は夫婦2人に3LDKは広すぎて普段から使わない部屋だった。
なぜそこで嫁を犯していたのかは全く思い出せない。
ただ、正常位で何度となく嫁を突き、今までにないほど強く、奥に出したかった。
その時、俺はオスだった。
そして、すべてを出し切った俺はチ〇コも抜かずに嫁にもたれかかった。
嫁は俺を抱いていた。この時、かならず嫁は俺の背中をヨシヨシする。きっとその時もそうだったはずだ。
ほどなくして妊娠が発覚。
そのまま出産まで順調に進んだ。
情熱的なS〇Xで妊娠
俺たち夫婦に足りなかったのは、情熱だったのかもしれない。
いや、犯すようなS〇Xを情熱とは言わないだろうが、少なくとも嫁はメスとして悦んだはずだ。
嫁はSっ気の方が強くMっ気は少ない。そんなSっ気をへし折るように犯された。そこに興奮と快感と幸福感があったはずだ。
医学的なことはわからないが、送り出す精子と迎え入れる卵子を近づける必要があったのだろう。
より多く、より奥へ卵子に届くよう色々な分泌物が夫婦ともに相互作用して成し得たことだったと思う。
ほぼ義務濡れしかしなかった嫁はマ〇コはびしょびしょになっていた。
こんなS〇Xをすればよかったのか。
この時のS〇Xが嫁を妊娠させたと確信したのはレスを解消してからのこと。軽く6~7年は経っていたのではないだろうか。
レスが解消されてから今までもこれからもS〇Xできるだろうなと思えるのは不妊治療と義務S〇Xを経て、妊娠に至ったこのS〇Xがあったからこそだと思う。
2人目は自然に妊娠
1人目の妊娠は嫁を犯したS〇Xだと確信するには数年待たなければならなかったが、2人目には不妊治療はいらなかった。
知識や情報も経験もあったからだ。
当時、子育てのために引っ越して嫁の実家でほぼ同居だった。俺はいわゆるマスオさん状態。
嫁は強いのか、淫乱なのか、両親がすぐ隣にいるにもかかわらず喘ぎ声をだしてS〇Xをする。2人目の妊活だから中出しだ。そのまま素知らぬ顔で母親と話してるんだから肝が据わっている。
自然と興奮した部分はあるのだろう。
俺も、両親をほぼ目の前に嫁を犯すという行為は興奮した。
1人目では苦労したが、環境が妊娠を促進するエッセンスとなり早い段階で授かることができたのだと思う。
少々話はそれるが、嫁のエ〇い血が義母にも流れていると思うと、少し変なことを想像してしまうこともあった。
犯してしまったら受け入れてくれるのではないかと。
そんな義母はかなり若い。
貧〇嫁に対し、巨〇寄り。ここは似なかったんだなという印象。
今回はここらで終わりとする。