ご奉仕。
カップルや夫婦間のセックスでも「奉仕」という言葉が度々出てくることに違和感を感じ調べてみた。
Yahoo!で意味を検索した結果、AI回答では次のようにまとめられていた。
自分の利益を求めず、相手や社会のために尽くして仕えることを丁寧に言った表現です。
ビジネスでは「お客様のために尽くすサービス」、宗教やボランティアでは「献身的に仕える行為」というニュアンスで使われます。
一般的なご奉仕の意味を性生活に置き換えると、自分の気持ちよさは度外視した上で、相手を喜ばせること。
そのように理解すればいいのだろうか。
嫁のペースで進むことが多いから嫁は奉仕型なのか否か。
そこで、「ご奉仕」の対義語を調べてみた。
奉仕(ご奉仕)の対義語として一般的に使われるのは、 「利己」「利己的」「自己中心的」「わがまま」 などで、「他人や社会のために尽くす」態度と反対に、「自分の利益だけを優先する」態度を表します。文脈によっては「無関心」「冷淡」なども反対のニュアンスとして用いられます。
なるほど、自己中なら自分の気持ちよさだけを追求した行為ということで理解はしやすい。
一方で、無関心も対義語になるのか。
この場合は「マグロ」ということか。
違和感は残る。
セックスや、性行為における利益というのは何なのだろうか。
俺の感覚では「快感」がそれにあたると思うが、相手に快感を与えることが本人の満足になることもあろう。
やはり奉仕という表現はあまり好きではないな。
嫁を性的に喜ばせることも自分の喜びだったりする。
喘ぎ声を聞く、イッている、潮を吹いているという状況でも十分興奮するからな。
嫁がマグロでは何も興奮しない。
喘ぎ声も反応も無ければ勃つものも勃立たない。
嫁が率先してフェラをするのもそういう姿を俺が見せるからなのは間違いない。
俺がマグロなら嫁もただ咥えて終わりかもしれない。
フェラをさせているのに嫁のアソコが濡れていくという状況も幾度となく経験している。
奉仕をしている場面を俺なりに想像すると、女が跪いて椅子に腰かけている男のチンコを舐めているところが頭に浮かぶ。
もし一方的にフェラだけをさせるように躾けたとしたらどうだろうか。
ムラムラしながら帰宅して、玄関先で嫁にフェラ抜きをさせる。
このケースは奉仕になるのだろうか。
嫁にとっての快感はないのだろうか。
もし、躾けたのだとしたら嫁はきっとアソコを濡らす。
そして嫁も興奮するだろう。
嫁だけをイカせて終わりというのは俺には理解できんが。
俺自身が快感を得るために嫁を気持ちよくさせるのであって、相手だけというのでは物足りない。
夫婦の性生活を考えるのが俺のテーマだ。
あくまで俺の経験則ではあるが、セックスを神格化してしまうのは危険だ。
ルールを作るのもNG。
レスにならないようにするには、定期的にセックスをする必要がある。
何かしらの方法でルーティン化させたいところだ。
〇日に1回とか、週末だけどか…
ただ、これがすでにルール化になってしまっている。
必ずどこかで負担に感じる時がある。
「たまになら我慢しなきゃ」というのも、長い目で見ると「不満」として積み重なってしまうだろう。
そしていつの日か「不満のコップ」が溢れ出したときにレスになってしまう。
または、もっと違う形で夫婦関係に傷が入ってしまうだろう。
奉仕も同じだろう。
セックスに奉仕を入れてしまうと長続きはしないだろう。見返りは必要だ。
そこでセックスを神格化したり特別扱いせず生活の中に取り込むことが良いと俺は考える。
きっかけをルーティン化をさせないことが、セックスのルーティン構築には重要になってくる。
俺の場合は、キッチンだろうとリビングだろうと洗面所だろうと嫁を痴漢する。
尻を撫でるなんて優しいものではない。
嫁の尻を掴み、服の上からマンコとクリを刺激する。
胸も揉むのではなく、服に手を入れ乳首を刺激する。
嫁の背後からいきなりな。
嫁が何をしているところなのかは考えない。
さすがに、荷物を持っていたりごみ捨てをしていたりする時は別だ。
嫁がOKなシーンをインプットしておけばいい。
日常生活の中に性行為を取り込み、セックスフルだったとしてもこんな時がある。
中断だ。
子供が起きてくる、来客がある、突発的なインシデントがある。
こういうことは待ってくれない。
再開できることもあるが、できないこともある。
この時は一方だけ何の満足もなく終わることがある。
この時だけは
「奉仕」
を理解することができる。
結局のところ、AVなどで使われる奉仕というのは一方的に相手を攻める様を表現しているだけだろう。
それをいくら真似たとしても、奉仕側にも満足が無ければ成立しない。
相手が気持ちよくなることが自分の心の快感だったりもするからだ。
人間が相手である限り、奉仕というのは成立しないのだと思う。
やはり私の違和感は解消されなかった。
この違和感を感じつつも、俺のために仕えさせているという満足をもって脳内処理すれば十分だ。