授乳期のおっぱい。
授乳期のおっぱいを見逃すな。
そして、変化を楽しめ。
二度と、妊娠前の状態には戻らないからな。
授乳期ということは、産後なわけだから子作り期は過ぎている。
子作り期から産後までに嫁の胸は様変わりするだろう。
以前も同じような表現をしたことがあるが、
秘部から公共物へ変わる。
子供を授かるまでは女の胸、特に乳首は秘部だろう。
それが、妊娠、出産までの間に徐々に公共化されていく。
定期検診もあるし、授乳の練習と言うのもある。
無論、ほかのママの胸を見る機会はないが、父親としてそういうスクール的なものに行く機会も出てくる。
出産までの期間に嫁の胸が子供へ栄養を送るための道具として扱われるようになる過程を知るわけだが、
うちはセックスレス初期に入っているから俺も性的な目で嫁の胸を見なくなってきている。
例えば、女にとって乳首は性感帯の一つだろう。
それが、母親寄りになればなるほど性感帯からは遠ざかっていくのかもしれない。
大きな個人差がありそうなところだが、産前、産後のセックスをしなかった俺にはわからないことも多いのが残念でならない。
産後、1週間ほどで退院してきた。
当時の俺はマスオさん状態だった。
嫁も、両親の前では娘だから授乳なんかもオープンで、乳をペロンと取り出していたものだ。
忙しないながらも落ち着きを見せると、定期的に嫁方の親戚も集まるようになる。
そこでも嫁は堂々と授乳を始める。
乳首を出したまま赤ん坊を抱えて乳を吸わせる。
それまでの行動に一切の恥じらいもない。
この行動を見て、嫁の乳が公共化したと実感した。
すでに性的な興奮が封印していた俺だけに、その時は一切興奮しなかったが、分割して表現するとエロ要素もある。
嫁の乳首は陥没はしていないが、勃起は長く続かない。
乳首が立たないわけではないが、持続しない。
下半身を攻めだしたら乳首の感度は下がっていくからセックス中に乳首がビンビンになることもない。
こういう体質なんだろう。
授乳では嫁も興奮はしないのだろうが、飲みやすくするために乳首を起こしたり、時には立たせたりする。
それも、親戚の前なら隠さずに堂々とやっている。
乳首周辺を指で押し起こす。
乳首をつまんで赤ん坊に口にあてがうと言った具合だ。
当然、胸は2つある。
だから、反対側の乳でも同じことをするわけだ。
おじさんもいたが、堂々としたものだった。
今思えばエロい光景だな。
その時なら、おじさんがちょっと胸揉ませてよとか言ったら揉ませたかもしれない。
そのくらいに嫁の乳が親戚の中の日常に溶け込んでいたように思う。
そんな授乳期のおっぱい。
大きいぞ。
元が貧乳でもやはり大きくなる。
ただ、乳首、乳輪は変化していくだろう。
感度もしかり。
俺は、子作りセックスでエロに疲れてしまったことを今更に後悔している。
病院でのやり取りでもエロ要素があったりしたな。
助産師さんか看護師さんかわからないが、
「お父さん、お母さんの下の毛が無いけど処置で必要だったから私が剃ったの。ビックリしないでね」
なんとなんと。
産科というのは究極の「性と生」を職業にしているわけだから、何のこっちゃないことだろうがなかなか刺激的な発言だった。
冷静に考えると、後々嫁のマンコ見るだろうけど、パイパンになってるからびっくりしないでね。浮気じゃないから。
と翻訳できる。
思えば、子作り期のタイミング法の検診でも、
「今日から数日が中出し時です」
と男の先生から中出しをするように指示され、「はい」と言って帰ってくる嫁。
・・・エロいな。
俺にとって嫁の胸の公共化は露出とは違う。
子育てに必要な道具に成り果てるということ。
赤ん坊が無事に育ち、いずれは卒乳する。
そうするとまた女の乳は変化する。
萎む。
そんな表現をすると女は怒るだろうか。
ただ、これは俺の非常にストレートな感想だ。
年齢も上がっていくから垂れも出る。
若さを取り戻せないと同じで、授乳期のおっぱいも取り戻すことはできない。
子育てに忙殺されている嫁相手だが、授乳期のおっぱいを楽しむ心があっても良かったなという後悔が俺にはある。
貧乳の利点は、産後にもある。
「変わらない」
胸が大きければ大きいほど産前、産後の変化は大きいと思う。
小さいからこそ変化も小さい。
ボリュームは減ったと思うが、柔らかさは増した。
嫁が前かがみになって垂れた乳はDカップ時代のままにも見える。
期間にすると2~3年くらいだろうか。
嵐のような日常で余裕がなかったが、もう一度、人生をやり直すなら俺は自分にこうアドバイスをする。
授乳期のおっぱいも見逃すな。