貧乳。
俺は断然貧乳派だ。
恥じらうところを含めて、良いじゃないか。
谷間がどうのと女は言うが、谷間が無いからこその景色もある。
「乳首チラ」
もうこれは貧乳の特権だろう。
見えてはいけないものが見える。
そこに日常のエロを感じてならない。
乳首チラには見える時もあれば見えない時もあるからこそ、不規則性にロマンさえも感じてしまう。
貧乳の定義というのは良くわからない。
胸のふくらみがあってもBカップとかもあるからな。
出産前の嫁はDカップだった。
嫁のブラをタグを見て確認したから間違いない。
こんなことをしていた俺も笑えるが。
でも一般には貧乳と言われている大きさに見えるし、自称もしていた。
カップ数で貧乳、巨乳の判断はできないと知ったのは嫁からだった。
俺は巨乳には縁が無く、初めて付き合ったJK彼女はAカップだった。
走れば乳は揺れるくらいには乳房はあったが、まな板に近かった。
乳首も小さかったな。
豆粒みたいで少し萎えた。
ただ、熟す前の乳首なんてそんなものなのかもしれないし、熟していても萎えていただろう。
Aカップの乳は手のひらサイズなんてものではない。
俺の手のひらよりも少し高いくらいだから、周囲の肉も掴みながら揉む感じだったな。
揉むというよりも掴む、摘まむという感覚。
ただ、それがマイナスポイントだったかというと全くそうではない。
俺も体には自信が無いところがあったし、コンプレックスだったとしてもそれを受け入れる気持ちを持って接していたつもりだ。
Aカップでの経験しかなかった俺にとって、嫁のDカップは巨乳だった。
ボリュームはないのかもしれないが、手のひらにしっかりと乗ってくる乳房感がある。
まさに「胸を揉む」感触が嫁の乳にはあった。
俺には十分だった。
俺が求めたわけではないが、嫁は必死に谷間を作ろうとしていた。
そんな姿を俺に隠すことはなかった。
ブラを付けると、必ず奥から肉を持ってきて乳を寄せていた。
うまく盛れたときなんかは自分で触って興奮していた。
そんなに必死になることも無かろうにと思ったものだ。
ただ、俺と付き合う前からの習慣だから俺の立ち入る隙も無かった。
それから20年以上を経て、40代後半に差し掛かって垂れてきた貧乳もまたエロい。
垂れた巨乳、爆乳と違ってだらしない感じは少ないのも貧乳の魅力だろう。
貧乳の特権について語ろうか。
「乳首チラ」
これは嫁よりも早く目覚めた俺の性癖だ。
そう、AカップのJK彼女だ。
当時のJKはブラの上にそのままブラウス。
ほぼ女はブラが透けていた。
当時の高校の様子を書いたことがあるから読んでみてくれ。
発育途上のJKだけにAカップで終わるとも思っていないのか、隠すことはなかったな。
夏なんかは、ボタンの上の方を開けてるからかがむとブラが丸見えだ。
そして、奥をのぞき込むとこげ茶の乳首が見えている。
浮きブラがすごかった。
よくお前の彼女の乳首が見えると言われたものだ。
体操着でもそれは変わらず、一部の貧乳好きの男子の目を釘付けにしていた。
それから数年、今度は嫁という貧乳OLと知り合うこととなる。
盛りに盛っていた乳房から乳首を覗くことは叶わなかった。
ガードが堅いというわけではないが、やはりDカップというのはそう簡単に乳首チラをするものではないらしい。
嫁の乳首をよく見るようになったのは子供を産んで子供も歩くようになってから。
授乳期を過ぎ、少し萎んだ乳にブラトップ。
ベストマッチングだ。
子どもの世話をしていると屈むシチュエーションが増える。
その度に嫁の乳首チラを拝むことができる。
世話に必死だから胸元を抑えるなんて気も起きないようだ。
ただ、その時はレス真っ只中。
記憶には残っているが、見ているようで見ていない。
俺のオナネタになることはなかったが、世間のお父さんにはオナネタを提供していただろう。
公園、ショッピングモール、書類書きのときなんかは良く見られていたものだ。
そしていま、改めて嫁の乳首チラを堪能している俺がいる。
年齢的にも他人からジロジロ見られることも減ったであろう40代。
少し垂れた乳房が、乳首を隠す。
それがまた良い。
若く張りのある乳の時よりも乳首がのぞく頻度は減ってしまった。
それがまた、男のロマンをくすぐる。
少し伸びて見える乳房。
嫁も乳房感を感じて多少は喜んでいるのではなかろうか。
屈む姿を隠すことはない。
日中のルーティンも決まっているし、出入りする店なんかも決まってる。
嫁を視姦している男もいるのかもしれない。
胸元が緩いおばさんとして狙われていたりしてな。
これは、マニアックな貧乳好き男の話だ。