嫁と母と女。
嫁は嫁であり母であり女である。
嫁である前に母である前に、嫁は女だ。
20年以上連れ添いながらも、セックスレスにならずにいられるのは、嫁が女であるからだろう。
生物学的な女ではなく、意識的に女であること。
母になってしまう、嫁になってしまうと役割というものが出てきてしまう。
母になれば子の前ではしたないことができなくなるかもしれない。
嫁であれば旦那の前ではしたないことができなくなるかもしれない。
女であれば・・・
旦那である俺はどうかというと、何も意識してはいない。
いい男になろうとしてはいないし、いい父親になろうともしていない。無論、いい旦那にも。
それは、事務所が自宅にあるが故、というところも大きいと思う。
一番意識を集中すべきは収入源である仕事だからだ。
その仕事場が自宅にあるということは、必然的に色々な面を嫁に見せる事にもなるからだ。
謝る旦那、怒る旦那、集中する旦那。
どれも俺であるが、社会人という人間に成りすましているともいえる。
嫁は子供がいる部屋で旦那とセックスできる女だ。
子が隣で寝ているときに、旦那の精子を飲むような女でもある。
どんな状況であろうと女に切り替われる。
これは才能なのかなんなのか。
元々エロい嫁だが、これに気が付いたのは割と最近のことだ。
最近と言っても5,6年といったところだろうか。
セックスレスに悩む夫婦が多い。
これは悩んでる時点で負けなのかもしれない。
「レスになってるから悩んでるんだろう」
まぁもっともな話だな。
ただ俺はどうだ。
セックスレス経験者だ。
しかも、5~6年はあっただろう。
嫁とセックスはしたくないし、嫁の体にも興味が無くなった。
今思えば、惜しいことをしたと思う。
30代半ば~40くらいまでの嫁の体をもてあそび損ねた。
そんな、我が夫婦であってもレスを解消し、性欲と頻度の波はあれど月数回のセックスを続けられている。
それはひとえに嫁が女になるからだ。
夫婦のセックスというのは制限が付きがちだ。
時間、場所、空気・・・
そして何よりプレイの内容だ。
性癖といった方がいいだろうか。
ただ、イケればいい。
それでは欲求は満たされない。
イク前に満たしたい性的欲求があるはずだ。
イチャつきや前戯のことではない。
性癖やフェチともいえる部分だ。
まとめて性癖とすることにしようか。
この性癖が満たされる相手であるかどうかが、セックスレスに悩まなくなるポイントだ。
これは、俺という一人の人間の例だが、性癖が満たされる相手じゃなければ、いくら嫁が女の体をしていようとも興味は失せてしまうのだろう。
それは嫁にしても同じことだろう。
俺が嫁の性癖を満たせる相手かどうかが重要だ。
ただ入れて、出す。
これは子作り期の話。
嫁や女から母になろうとする「女」が通過し変化する願望、ここでは性癖といった方がいいだろうか。
男はこの時期、ある程度辛いことがあるだろう。
セックスが義務化する時期だ。
これで俺はレスになった。
嫁は入れて出せば男は満足という考えを持っているなというレッテルを貼ってしまっていた。
いまだからある程度整理が付くが、義務感子作りセックスが終わって単にホッとしただけという方が素直な表現だろう。
何も考えたくないし、エロい事は何一つしたくない時期だった。
晴れて母になれた嫁は、突如として女に戻る。
これを女に戻ろうとすると解釈すると、嫁が痛々しく思えてまた性欲から離れてしまう。
子作りが終わり、子育ても落ち着いてくると増えるのが夫婦の時間。
一度崩壊してしまったものを立て直すのは難儀だ。
だが、年上であり弱S気質の嫁。
嫁が満たしたいのはイクのを我慢する旦那の姿。
そして、何よりフェラ好きだ。
俺が早漏でなければ延々としゃぶっているだろう。
性癖でいえばSでありチンコ好きだ。
射精するところを見たがる癖もある。
ただ、俺の回復力が低いからなかなか見られず残念がっている。
あと、性癖と言えるかどうかはわからんが、いつでもセックスができる。
断わられることがない。
これも一種の性癖だろう。
どんな気分の時でもセックスができる、言い換えれば、いつでもセックスに対して臨戦態勢ということだ。
こんな時に。こんなところで。というシチュエーションに燃えるのかもしれない。
屋外でもそうなのかどうかはまだわからないし、普通に考えれば家という安心できる環境だからこそなのかもしれない。
少なくとも、若い頃は外でも積極的だったな。
セックスレスにならない一つの方法。
それは男と女であること。
欲求のままに戯れることができるかどうか。
それを満たすことができるかどうか。
簡単なようで、難しい。
若い頃の相手選びが重要ではあるが、性癖を受け入れること。少しずつでも。
それができるかどうかが長続きの秘訣の一つだと思う。